大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)490号 判決

控訴人 和田ます子

右訴訟代理人弁護士 船内正一

被控訴人 伊藤吉雄

被控訴人 奥川恒年

右両名訴訟代理人弁護士 大原篤

右訴訟復代理人弁護士 森田照夫

同 竹内勤

同 大原健司

被控訴人 横田こま

主文

一、控訴人の被控訴人伊藤吉雄、同奥川恒年に対する控訴を棄却する。

二、原判決中被控訴人横田こまに関する部分を取り消す。

三、控訴人と被控訴人横田こまとの間で、原判決末尾添付第一、第二物件目録記載の土地建物が控訴人の所有であることを確認する。

四、被控訴人横田こまは控訴人に対し、右土地建物につき、奈良地方法務局富雄出張所昭和二四年一〇月五日受付第九五五号をもってなされた所有権移転請求権保全仮登記、並びに同出張所昭和二五年九月二日受付第一、三七二号をもってなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

五、控訴人と被控訴人横田こまとの間で、奈良県生駒局六六番の電話加入権が控訴人に属することを確認する。

六、控訴人と被控訴人伊藤吉雄、同奥川恒年との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人横田こまとの間に生じた訴訟費用は第一、二審とも被控訴人横田こまの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人

原判決を取り消す。被控訴人等との間で、原判決末尾添付第一及び第二物件目録記載の土地建物が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人奥川は控訴人に対し、右第一物件目録記載の土地につき、奈良地方法務局富雄出張所昭和三五年九月八日受付第四、〇五八号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人横田は控訴人に対し、右第一及び第二物件目録記載の土地建物につき、同出張所昭和二四年一〇月五日受付第九五五号をもってなされた所有権移転請求権保全仮登記、並びに同出張所昭和二五年九月二日受付第一、三七二号をもってなされた所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。被控訴人伊藤、同横田との間で、奈良県生駒局六六番の電話加入権が控訴人に属することを確認する。被控訴人伊藤は控訴人に対し右電話加入権の名義書換手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。

二、被控訴人伊藤、同奥川

本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。

三、被控訴人横田

被控訴人横田は、公示送達による呼出を受けたが当審各口頭弁論期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面を提出しなかった。

第二、当事者の主張、証拠の提出、援用、認否

次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

(一)  控訴人は、家督相続により和田猪之助の権利義務を承継し、昭和二一年一二月山本哲夫から原判決末尾添付第一及び第二物件目録記載の土地建物(本件土地建物)を代金一〇万円で買い戻し、その所有権を取得してこれが所有権移転登記を経由したものである。控訴人は、昭和二四年一〇月五日本件土地建物につき被控訴人横田のために所有権移転請求権保全仮登記を経由したが、両者間には何等金銭の授受等もなく、右は、財産保護のため両者相い通じてなした虚偽の意思表示に基くものであるから、無効であり、その所有権は従前どおり控訴人にあったわけである。昭和二五年九月二日本件土地建物につき被控訴人横田名義に所有権移転登記がなされているが、右は、被控訴人横田が、控訴人の不知の間に、控訴人の氏名、印章を冒用してなした無効の登記であって、これによって被控訴人横田がその所有権を取得するいわれなく、いぜんとして控訴人の所有であることに変りはない。従って、かりに被控訴人伊藤、同奥川が右登記を信じ、本件土地建物が被控訴人横田の所有であると信じて、つまり善意で、これを買い受けたとしても、被控訴人伊藤、同奥川がその所有権を取得するいわれはない。

(二)  控訴人は、本件土地建物を被控訴人横田に売り渡したことはなく、その代金の出捐を受けたこともない。控訴人が本件土地建物を山本から買い戻した代金一〇万円は、控訴人が藤枝昭信から借り入れた金五万円と営業利益をもって支払ったものであって、当時被控訴人横田は、仲居奉公をしていて収入としては心付け以外になく、右のような大金を入手できる状態になかった。

(三)  控訴人は、本件土地建物の所有権を信託的にせよ被控訴人横田に譲渡したことはない。

(四)  控訴人は、昭和二六年六月二日頃まで本件建物に居住し、本件土地とともにこれをみずから管理し、その後においても時々本件建物に帰って監視し、火災保険料、各種税金の支払をなしていたのであるから、その間、被控訴人横田が所有の意思をもって平穏、公然に本件土地建物を占有使用していた事実はない。かりに、右の占有をしていたとしても、悪意でありかつ過失があるから、時効期間は二〇年であり、本訴提起当時取得時効は完成していない。

二、被控訴人伊藤、同奥川の主張

(一)  かりに、昭和二一年一二月一七日に山本哲夫より本件土地建物を買い受けたのが被控訴人横田ではなく控訴人であり、従って控訴人がその所有権を取得したものとしても、被控訴人横田は昭和二四年一〇月五日または昭和二五年四月一五日控訴人から本件土地建物を代金一〇万円で買い受け、その所有権を取得したものである。右代金は、控訴人がこれを山本哲夫から買い受ける際、被控訴人横田においてその代金を立替出捐していたので、その立替金をもって差引相殺して決済した。そして被控訴人伊藤、同奥川は被控訴人横田からその所有権を取得したものである。

(二)  かりに、控訴人から被控訴人横田に対する右売買が認められないとしても、控訴人は被控訴人横田に対し本件土地建物の所有権及び本件電話加入権を信託的に譲渡したものである。すなわち、本件土地建物はもと和田猪之助の所有であったが、その後山本哲夫の所有となり、被控訴人横田、控訴人、和田よそ等が右山本からこれを借り受けて、引き続き料理旅館業を営んでいたところ、昭和二一年一二月一七日右営業の収益金と他からの借入金をもって、右山本から本件土地建物を買い受け、右借入金も結局は右営業収益金をもって弁済された。従って、本件土地建物は実質的には、被控訴人横田を中心とする控訴人、和田よそ等の家団的資産と見るべき性質のものであるが、便宜上その買受名義を控訴人とし、一時信託的に控訴人の単独所有名義とした。昭和二四年和田よそが死亡し、控訴人名義の本件土地建物が控訴人と関係をもつ男性によって他に処分される危険があったので、被控訴人横田は控訴人と協議とうえ、同年一〇月五日本件土地建物につき被控訴人横田名義に所有権移転請求権保全仮登記を経由した。その後控訴人は和田好信と結婚し本件建物に居住していたが、次第に被控訴人横田と折合いが悪くなり、被控訴人横田は控訴人と協議のうえ、昭和二五年四月一五日本件土地建物につき前記仮登記に基く本登記を経由した。ところが、控訴人はその直後本件土地建物における料理旅館業の経営一切を被控訴人横田に一任して、夫好信とともに大阪に転出したため、その後約一〇年間にわたり、被控訴人横田は、本件土地建物において右営業を続けその収益金も当然被控訴人横田の所得となり、昭和二六年頃には営業名義も被控訴人横田に変更し、その間、控訴人は本件土地に帰来せず、また、昭和二五年頃には、被控訴人横田は控訴人の承諾のもとに、本件電話加入権についても被控訴人横田名義に名義変更の手続をした。かように、控訴人は被控訴人横田に対し、本件土地建物及び電話加入権を、横田の名において使用収益するのはもち論、これを他に譲渡処分する広大な権能をも付与したものであるから、控訴人はその所有権を被控訴人横田に対し信託的に譲渡したものというべきである。被控訴人伊藤、同奥川は、被控訴人横田から善意でこれを譲り受けて、その所有権を取得したものである。

(三)  かりに右信託的譲渡の主張が認められず、本件土地建物が控訴人の所有であり、本件電話加入権が控訴人に属するとしても、控訴人は、被控訴人横田との合意のうえで、被控訴人横田に対し本件土地建物につき昭和二四年一〇月五日所有権移転請求権保全仮登記を、次いで昭和二五年九月二日所有権移転の本登記を、また、本件電話加入権につき、昭和二六年六月九日加入名義変更登録(たとえ、右本登記及び電話加入名義変更登録は被控訴人横田において単独でその手続をなしたものとしても、控訴人はその事実を知りながらその後約一〇年間これを放置し、これを容認していたものである)をそれぞれ経由したものであるが、右は控訴人と被控訴人横田とが通謀してなした仮装行為というべきである。被控訴人伊藤、同奥川は、右登記及び登録を信頼し、本件土地建物及び電話加入権が真実被控訴人横田の所有であると信じて、被控訴人横田から善意でこれを買い受けた第三者であるから、控訴人は、その所有権が真実は被控訴人横田に移転していなかったことをもって、被控訴人伊藤、同奥川に対抗することはできない。従って、控訴人は被控訴人伊藤、同奥川の右所有権の取得を否定し得ないものというべきである。

(四)  かりに、以上の各抗弁が認められないとしても、被控訴人横田は、昭和二一年一二月一七日、または昭和二四年一〇月五日、あるいは昭和二五年四月一五日以降本件土地建物を、所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失に占有していたものであるから、右各占有の始期から一〇年を経過した各応当日に、時効によって本件土地建物の所有権を取得した。そして被控訴人伊藤、同奥川は、被控訴人横田からこれを買い受けたものであるから、自己固有の地位または債権者代位権に基き、右取得時効を援用する。

三、証拠関係〈省略〉。

理由

一、控訴人の養父和田猪之助は、もと本件土地建物を所有し、古くからこれに居住して料理旅館業を営んでいたが、その負債整理のため本件土地建物を第三者に譲渡し、その後本件土地建物は山本哲夫の所有に帰したこと、及びその後昭和二一年一二月一七日、本件土地建物につき、売買を原因として山本哲夫から控訴人に対する所有権移転登記がなされていることは、控訴人と被控訴人伊藤、同奥川との間では争いがなく、被控訴人横田との関係では、いずれも公文書であることから真正に成立したものと認められる〈証拠省略〉により、これを認めることができる。

二、控訴人は、本件土地建物は、右登記のとおり控訴人が山本哲夫から買い受けてその所有権を取得したものである。と主張するに対し、被控訴人伊藤、同奥川は、山本哲夫から買い受けてその所有権を取得したのは控訴人ではなくて、被控訴人横田であり、ただ登記簿上便宜控訴人の所有名義にしたものにすぎない、と争うので、判断する。

〈証拠省略〉を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、控訴人の母である和田よそは、大正一五年四月頃控訴人を連れ子して和田猪之助と結婚し、控訴人は猪之助の養女となった。猪之助は、本件土地建物で「ひかり」の屋号で料理旅館業を営んでいるうち、昭和五年一〇月二四日死亡し、控訴人が猪之助を家督相続して本件土地建物の所有権及び「ひかり」の右営業を承継取得した。ところで、猪之助は生前本件土地建物を担保に中野治三郎から金員を借り受けており、その借財を残したまま死亡し、これを承継した控訴人もその返済をすることができなかったため、本件土地建物を手離さざるを得なくなり、結局昭和七年八月八日控訴人はその所有の本件土地建物を中野治三郎に譲渡し、さらに、その後昭和一八年一〇月二二日、本件土地建物は山本哲夫に譲渡されてその所有に帰した。しかし右譲渡後も、控訴人は中野治三郎や山本哲夫から本件土地建物を賃借し、猪之助死亡当時控訴人はようやく二〇才に達したばかりであったため母よそを営業名義人として、その後よそが病気で倒れてからはみずから営業名義となって、引き続いて本件土地建物で「ひかり」の営業を続けていた。もっとも、その間猪之助生存中から、よその妹である被控訴人横田、その次の妹である横田つる(いずれも控訴人の叔母にあたる)が本件建物に同居して、仲居として働き、「ひかり」の営業を手伝っていたのであって、殊に、猪之助死亡後は、控訴人が若年であったり、よそが病弱であったりしたことから、被控訴人横田が主として営業の実際面を切り廻すようになったのであるが、その営業の主体が控訴人であることに変りはなかった。このような状況のもとで、控訴人は昭和二一年一二月一七日、右営業の収益金五万円と、顧客である藤枝昭信から控訴人が借り受けた金五万円との合計金一〇万円をもって、山本哲夫から本件土地建物を買い取り、前記のとおり控訴人名義に所有権移転登記を経由した。そして右藤枝昭信からの借受金は、その後同人が「ひかり」で飲食した代金と差引して決済した(なお、以上の事実のうち、親族関係、被控訴人横田が同居していた点は、被控訴人伊藤、同奥川との間で争いはない)。かような事実が認められるのであって、〈証拠省略〉。

右事実によれば、猪之助死亡後、被控訴人横田が「ひかり」の営業の実際面を主として切り廻してきたとはいっても、被控訴人横田は猪之助の存命中と同様使用人の地位にあったにすぎず、その営業主体は猪之助の家督相続人である控訴人であったのであり、従って、右営業の収益金は控訴人に帰属するものであるから、本件土地建物は控訴人の出捐によって山本哲夫から買い受けたもので、控訴人がその所有権を取得したものというべきである。

三、次に、〈証拠省略〉によれば、奈良県生駒局六六番の電話加入権は、もと和田猪之助に属したものであったが、前記家督相続により控訴人が取得したものであって、昭和二一年一月二〇日以降控訴人名義に登録され、控訴人が本件建物においてこれを「ひかり」の営業に使用していたものであることが認められる。

四、ところで、本件土地建物につき、奈良地方法務局富雄出張所昭和二四年一〇月五日受付第九五五号をもって被控訴人横田のために売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記、次いで、同出張所昭和二五年九月二日受付第一、三七二号をもって被控訴人横田のために右仮登記に基く所有権移転の本登記がなされ、また、本件電話助入権につき、昭和二六年六月九日被控訴人横田に対する加入名義変更登録がなされていることは、いずれも控訴人と被控訴人伊藤、同奥川との間に争いがなく、被控訴人横田との間では、〈証拠省略〉により、これを認めることができる。

五、控訴人は、本件土地建物に対する右仮登記は、控訴人が自己の財産保全のため被控訴人横田と相い通じてなした虚偽の意思表示に基くものであるから無効であり、また、右本登記及び電話加入名義変更登録は、被控訴人横田が控訴人に無断で控訴人の印鑑を冒用し、権利の移転なくしてなしたものであるからこれまた無効である、と主張するのに対し、被控訴人伊藤、同奥川は、本件土地建物は、被控訴人横田が昭和二四年一〇月五日(右仮登記の日)または昭和二五年四月一五日(右本登記の登記原因とされている売買の日)に控訴人から代金一〇万円で買い受けたものであり、かりにそうでなくても、本件土地建物及び電話加入権は、被控訴人横田が控訴人からその所有権を信託的に譲渡されたものであって、いずれも被控訴人横田の所有に帰したものであるから、右本登記及び電話加入名義変更登録は有効である、と抗弁するので判断する。

〈証拠省略〉を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、前記のとおり、控訴人は本件土地建物を取得し、被控訴人横田および横田つるを使用して、引き続き「ひかり」の営業を続けていたところ、昭和二四年五月それまで病臥していた和田よそが死亡した。当時、控訴人はすでに婚期を逸してまだ独身であったが、その頃控訴人に異性関係が生じたため、被控訴人横田は、控訴人所有の本件土地建物が控訴人と関係をもつ男性によってその意のままに処分されるのを心配し、これを防ぐ方法として、控訴人との合意のもとに、被控訴人横田名義の仮登記をつけておくこととし、かくして本件土地建物につき、昭和二四年一〇月四日控訴人と被控訴人横田との間に売買予約が成立したという形式で、前記所有権移転請求権保全仮登記を経由したが、もち論、真実右のような売買予約がなされたわけではなかった。昭和二五年二月一〇日控訴人は中島好信と結婚してこれを本件建物に迎へ入れたが、次第に夫好信と被控訴人横田、横田つるとの折合いが悪くなり、遂に昭和二六年二月頃控訴人は、「ひかり」の営業等後事一切を被控訴人横田に托して、夫好信とともに本件建物から大阪府箕面市へ転出し、別世帯を構えるに至った。ところが被控訴人横田は、控訴人と本件建物で同居中の昭和二五年九月二日、控訴人に無断で控訴人の印鑑を冒用し、控訴人と被控訴人横田との間に同年四月一五日本件土地建物の売買契約が成立したものとして、前記のとおり前記仮登記に基く所有権移転の本登記手続をなし、また、控訴人の右転出後、控訴人が転出に際し本件建物に残していった控訴人の印鑑を冒用し、「ひかり」の営業名義人を控訴人から被控訴人横田に変更する手続をし、かつ、昭和二六年六月九日には、本件電話加入権についても、前記のとおり控訴人から被控訴人横田への加入名義変更登録の手続をしてしまったのであるが、これらの手続は、すべて控訴人不知の間に無断でなされたものであった。もっとも控訴人は、その頃右本登記及び電話加入名義変更登録の事実を知って、被控訴人横田との間に紛争が生じ、被控訴人横田を訴えようと考えて、さきに控訴人が本件土地建物を山本哲夫から買い受ける際世話になった楊枝春秀のところへ相談に行ったりしたが、逆にこれをたしなめられたため、まさか被控訴人横田が勝手にこれらを他へ処分することもあるまいと思いかえし被控訴人横田を信頼して、結局右本登記及び電話加入名義変更登録の事実をそのまま放任することとした。そして、以後控訴人は、ほとんど本件建物に帰ってくることもなく、「ひかり」の経営を被控訴人横田にまかせ切りにしてその営業収益の処分等にも一切関与せず、みずからは夫好信とともに別世帯を営んでいた。このような状態が続いているうち、昭和三五年六、七月頃になって、横田つるは、被控訴人横田が「ひかり」を廃業して本件土地建物を処分する意向であることを知り、驚いて控訴人に対し、その旨を告げて早急に本件建物に戻ってくるよう忠告した。かくして控訴人は、その頃本件建物に戻って来て、被控訴人横田に対し、本件土地建物や電話加入権を被控訴人横田の所有名義にしておいたのではいつ処分されるか不安であるから、被控訴人横田がその所有名義を利用して勝手に他へ処分したりしないという一札を書いて差し入れるよう要求したが、被控訴人横田はこれに応ぜず、つかみ合いのさわぎを引き起した末、結局物別れに終った。そして同年九月中旬、被控訴人横田が行先を告げないで本件建物から出て行き、このことを横田つるから知らされた控訴人は、夫好信とともに本件建物に帰来し、昭和二六年二月頃以来およそ九年半ぶりに本件建物に居住するようになった。かような事実が認められるのであって、〈証拠省略〉以上の認定に反する部分は信用できない。

右事実によれば、本件土地建物につきなされた前記仮登記は、控訴人と被控訴人横田とが通謀してなした虚偽の意思表示に基くものであって、無効であり、これによって被控訴人横田が何らの権利を取得したものでないことが明らかである。そして本件土地建物につきなされた右仮登記に基く前記本登記及び本件電話加入権につきなされた前記名義変更登録は、いずれも被控訴人横田が控訴人不知の間にほしいままになしたものであって、被控訴人伊藤、同奥川の主張するように、本件土地建物が控訴人から被控訴人横田に売り渡されたものではなく、また、控訴人は九年半に近い長期間にわたって本件建物を出、被控訴人横田に対し本件土地建物を自由に使用収益して「ひかり」を営業することを委かせ切りにしその間、右本登記及び電話加入名義変更登録の事実を知りながら、長期間にわたって何等の措置をとることなく放任していたのであるから、控訴人は本件土地建物及び電話加入権が被控訴人横田の所有名義になっていることを容認していたものというべきであるけれども、さりとてこの事実を目して、被控訴人横田に対し本件土地建物や電話加入権を他へ自由に処分する権限までも与えたとか、ないしはその自由処分を黙認していたなどといい得ないのはもち論、ほかにかかる事実を認めるにたる証拠はないから、被控訴人伊藤、同奥川の主張するように、本件土地建物及び電話加入権が控訴人から被控訴人横田に対し信託的に譲渡されたものということはできず、従って被控訴人横田がこれらの所有権を取得するに由なく、前記本登記及び電話加入名義変更登録もまた無効であるといわざるを得ない。

六、そうすると、被控訴人横田はほかに何等の主張をしないのであるから、控訴人と被控訴人横田との関係においては、本件土地建物はいぜんとして控訴人の所有であり、また、本件電話加入権はいぜんとして控訴人に属するものであって、右土地建物につき被控訴人横田のためになされた前記仮登記及びこれに基く前記本登記はいずれも無効であるから、被控訴人横田は控訴人に対し右各登記の抹消登記手続をすべき義務あるものというべきであり、従って、被控訴人横田との間で、右所有権及び電話加入権の帰属の確認と、被控訴人横田に対し右抹消登記手続を求める控訴人の本訴請求は、すべて正当としてこれを認容すべきものである。

七、さらに、被控訴人伊藤、同奥川は、被控訴人横田が本件土地建物の所有権及び電話加入権を取得しなかったとしても、控訴人はこれらを被控訴人横田の所有名義にすることを容認していたものであるから、その所有名義を信頼して、善意で被控訴人横田から本件土地建物及び電話加入権の譲渡を受けた被控訴人伊藤、同奥川に対しては、控訴人は被控訴人横田が無権利者であることを主張し得ないものである、と抗弁するので、以下被控訴人伊藤、同奥川に対する関係において判断する。

本件土地につき、奈良地方法務局富雄出張所昭和三五年九月八日受付第四、〇五八号をもって被控訴人横田から被控訴人奥川に対する所有権移転登記がなされていること、本件電話加入権につき同年九月一二日被控訴人横田から被控訴人伊藤に対する加入名義変更登録がなされていることは、当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉を総合すれば、次の事実が認められる。

すなわち、被控訴人伊藤は、被控訴人横田から本件土地建物及び電話加入権を買い取って欲しいと頼まれ、これらが被控訴人横田の所有として登記及び登録されていることに信頼し、真実被控訴人横田の権利に属するものと信じて、昭和三五年六月一五日被控訴人横田との間で、本件土地建物及び電話加入権を、代金二〇〇万円、買主の都合で買受名義人を何びととするも異議はないとの約で買い受ける契約を締結し、即日手付金五〇万円を、同年八月三一日残代金一五〇万円を支払って、本件土地建物及び電話加入権の譲渡を受け、被控訴人横田から本件土地建物の権利証、その他所有権移転登記、電話加入名義変更登録等に必要な書類の交付を受けた。そして被控訴人伊藤は、前記のとおり電話加入名義の変更登録を受け、また、本件建物については他へ移転する考えであったため、その所有権移転登記手続をしないでそのままとし、さらに、本件土地については、これを被控訴人奥川に譲渡し、中間省略登記の方法で、前記のとおり被控訴人横田から直接被控訴人奥川に対する所有権移転登記を経由した。かような事実が認められる。

ところで、すでに認定したとおり、本件土地建物につき控訴人から被控訴人横田に対してなされた前記所有権移転登記、本件電話加入権につき控訴人から被控訴人横田に対してなされた前記加入名義変更登録は、いずれも被控訴人横田が無断でなしたものであって、控訴人の意思に基いてなされたものではない。しかし、控訴人は、右登記、登録のなされた事実を知りながら、被控訴人横田を信頼して、九年半に近い長期間にわたってこれを放置し、被控訴人横田の所有名義としておくことを容認していたのである。このような場合には、控訴人がはじめから被控訴人横田と通謀し、真実それらの権利を被控訴人横田に譲渡する意思がないのに、右登記及び登録の手続をし、あたかも被控訴人横田の所有に帰するかの如き外形を作出した場合と同視するのが相当であると解せられるから、民法第九四条第二項を類推し、右外形を信頼して善意で被控訴人横田と新らたに取引関係に入った第三者に対しては、控訴人は、被控訴人横田に対する右登記及び登録が無効であること、従って被控訴人横田が無権利者であることを、対抗することができないものというべきである。被控訴人伊藤は被控訴人横田から善意で本件土地建物及び電話加入権を譲り受けた第三者であるから、控訴人は、被控訴人伊藤、従って被控訴人奥川に対し、本件土地建物の所有権を主張し、被控訴人奥川のためになされた前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めることはできず、また、被控訴人伊藤に対し本件電話加入権が自己に帰属していることを主張し、その加入名義変更登録手続を求めることはできないものというほかはない。

よって、被控訴人伊藤、同奥川との間で本件土地建物が控訴人の所有であることの確認、被控訴人奥川に対し本件土地につきなされた前記所有権移転登記手続、被控訴人伊藤との間で本件電話加入権が控訴人に属することの確認、並びに被控訴人伊藤に対し右電話加入名義変更登録手続を求める控訴人の本訴請求は、すべて失当としてこれを棄却すべきものである。

八、そうすると、原判決のうち、被控訴人伊藤、同奥川に対する請求を棄却した部分は、結局相当であって、控訴人の右被控訴人等に対する本件控訴は理由がないが、被控訴人横田に対する請求を棄却した部分は、不当として取消を免れず、控訴人の右被控訴人に対する本件控訴は理由がある。〈以下省略〉。

(裁判長裁判宮 小石寿夫 裁判宮 宮崎福二 松田延雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例